2016年8月
迷わなくなるのが念仏の信心ではなく、迷わずしては生きていくことはできないと気付かせてくれるのが念仏だと思います。
瓜生崇
この夏、小学校の同窓会がありました。
卒業して28年も経ったんです。
40歳。みんないい歳になりました。
お互い色々あったことへの共感であったり、懐かしさであったり、同級生というのは、普段会う友人とはまた違う感覚でした。
地元にも長年居らず、一時は日本にもいなかった自分にとって、初めて会うわけでもなく、長年一緒にいたわけでもない、とても不思議な距離感でした。
それぞれに話を聞いていると、平坦な人生なんてないのだと気付かされます。
さて、40歳と言えば、孔子の論語に「不惑」という言葉があります。
十有五にして学に志す(志学)、三十にして立ち(而立)、四十にして惑わず(不惑)と続くわけですね。
私で言えば、10代は散々遊んでいました。(笑)
20代で結婚や就職をして、色々と怒られたり教えられたり失敗したり、とにかくたくさん初めての経験をしながら学ぶことをしていたような気がします。もちろん、今でもそうですが…。
そして、30代で少し自信がついてくると有能感に溺れやすくなったり、また認めてもらいたかったりして、今思えば思春期のようなモヤモヤを抱えていたように思います。
そして今、数えの40です。不惑。
友人との会話でも「不惑?全然。ますます迷うよなぁ」なんて話をしています。
でも、不「惑」であっても不「迷」ではないのですね。
惑や迷ということで言えば「迷惑」という言葉があります。
私は常々、迷も惑もまよいではあるが、惑とは迷っている意識すらない状態で、迷とは迷っているということを自覚した状態だと教えてもらっています。
振り返れば今まで、だんだんと仕事に慣れ、人生に慣れ、何もかもわかったつもりで錯覚し調子に乗り、他人の欠点ばかりが目につき、人とぶつかり叱られたりしながら、互いに傷つき合いながら過ごしてきました。親切に忠告してくださる人はむしろ分かってくれないのかとがっかりするんです。
この、私こそが正しい。私がやってきたことが間違いない。文句を言われる筋合いはないというスタンスが、「惑」なのだそうです。
また、ほんまにそうか。このままでええのか。文句を言われても言い返せない自分であったのではないかと気がついたのが、「迷」なのだそうです。
つまり、どちらも迷いなのですが、迷いかたが違うのです。
そのことを藤場俊基先生が次のようにおっしゃっています。
『こういう自覚がない迷いと言いますか、確信に満ちた迷い、これが無明という一番やっかいな迷い方です。(中略)こういう状態にある時は、道を求めるなどということは起こるはずがありません。道を教えようとする親切は、よけいなお節介でしかありません。お母さんがついてきて、あれをしろ、これをするなと言えば、むしろ邪魔になるのです。
道を求めるとか、帰り道を探すというのは迷ってしまったと気付いた時から始まることです。求道を始めさせるのは迷いの自覚です。ですから迷いの自覚の中にはすでに「明かり」があるのです。明かりがさしこんでいるからこそ迷っていることが自覚される。それは有明(うみょう)です。確信に満ちている時こそ無明の中にどっぷり浸かっている時です。』
藤場俊基著 『親鸞の教行信証を読み解くⅠ』 明石書店
不惑というのは、ようやく惑うていた自分の浅はかさに気付かされるということなのかもしれませんね。
しかし、孔子は四十にして惑わないそうですが、私はどうでしょうか。
しらないウチに惑うてしまうのです。きちんとしたいのですが、しようとすればするほどいつも惑うのです。なんででしょうね。(笑)
いつもそれで「またやってしまった」「ごめんね」と後悔してばかりです。
私が聞かせていただいている仏教は、私が確かな存在になって救われる教えではなく、凡夫になって救われていく教えです。
惑う身が迷いの身に帰って救われていく教えです。
仏の教えを通して自覚し、惑う眼からの細かな解放の連続が救いの連続であるといってもいいのではないかと思います。
そういう意味では、道を賜るということは幸せなことです。道を賜るということは、方向が定まるということです。
私がきちんとするのではなく、念仏申す身となり、仏道を歩ませてもらう。
それ以外はまた惑いの元です。
なぜなら、私が全ての物事を自分の手柄とし、正当化し、惑いの元としてしまう。
そういう存在だからです。迷惑ですね。
そう、まさに迷惑するというのが私の標準仕様なんです。