シエスタ(昼休憩・午睡)
6月 2nd, 2011 Posted in 徒爾綴 | no comment »先月末、数人が集まり、京都で飲みました。
その際、兄(http://shinko-ji.com/)が紹介してくれたジョークで、下記のものがありました。(以下ネット上から転載)
メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。その魚はなんとも活きがいい。
それを見たアメリカ人旅行者は、「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」 と尋ねた。
すると漁師は 「そんなに長い時間じゃないよ」 と答えた。 旅行者が 「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」と言うと、漁師は、自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だと言った。
「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」 と旅行者が聞くと、漁師は、「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、女房とシエスタして。夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって… ああ、これでもう一日終わりだね」
すると旅行者はまじめな顔で漁師に向かってこう言った。 「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、きみにアドバイスしよう。いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。それであまった魚は売る。お金が貯まったら大きな漁船を買う。そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。やがて大漁船団ができるまでね。そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。自前の水産品加工工場を建てて、そこに魚を入れる。 その頃にはきみはこのちっぽけな村を出てメキシコシティに引っ越し、ロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」
漁師は尋ねた。 「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」 「20年、いやおそらく25年でそこまでいくね」 「それからどうなるの」
「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」 と旅行者はにんまりと笑い、「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」
「それで?」
「そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、日が高くなるまでゆっくり寝て日中は釣りをしたり、子どもと遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって過ごすんだ。どうだい。すばらしいだろう」
この話を聞いて、数年前「長源寺通信」(現在休刊中)を作成していて、途中で書くのをやめた原稿の事を思い出しました。
以下原稿の一部(うろ覚え)
最近、色んな方々と飲む機会が多いのですが、一番多く話題に上がるのが「お金」です。損得から始まって、儲けが云々。
気持ちは分かるけれど、なんか変です。
損だ得だと良い、その結果、あいつはいい・あいつはダメ。あいつはどうでもいい人、この人は仲良くしておこう。
人を損得や自分の立場から見えた欲望の価値観のみで切り捨てるような言動が、酒の進み具合と共にエスカレートしていく。
しかし、想像してみましょう。仮にそのやり方で儲けたとして、その結果、何をするのか。
先ずお金を使ってお金を稼ぐ人や守る人を雇っていくでしょう。お金を使って人々と飲んだり遊んだりするでしょう。
人を切り捨ててまで儲けたお金で、また人を集める。
はて?何やってるのかな。
お金が何かの手段ではなく、お金が目的になってはいないでしょうか。
…みたいな文章でした。
言い過ぎかと思ってやめたのです。当時の自分にとって、あまりにもリアルタイム過ぎて。
思い出しついでに、後輩にこの話をしたら…
「儲ける前よりはいい服も着てて、いいお酒を飲むんじゃないですか。」
ふむふむ、それもそうやな。確かに、それええなぁ。
いやいや、そんな話やないんやけどなー。orz