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2011年12月

12月 8th, 2011 Posted in コトバ, 徒爾綴 | no comment »

待つ長さ 過ぎ去る速さ 生きる今
楽しみな事があると、待ち遠しい。しかし、楽しみな時間は、あっと言う間に過ぎ去る。

苦しい事は、永遠に続くように感じられるが、過ぎ去ってみれば、一時の事である。
顧みれば…

末っ子の私は幼い頃、いつも兄や姉が羨ましかった。早く大きくなりたかった。

自分がその年ごろになると、小さい子供は可愛がられ、許される存在であり、同時に、大人は自由だと思い込み、羨ましくなる。早く大人になりたかった。

大人になると、学生の頃が良かったと思い、上司は楽でいいなと思う。早く上役になりたかった。

管理職になると、自分の事を考えていればいいのだろうと、部下が羨ましくなり、また定年後の人々を見て、悠々自適だと思い、羨ましくなる。

このまま行くと、年老いるまで生きていたならば、私は必ず「若い頃はよかった」と言い、他所の家庭と比較して「早くああなりたい」などと一喜一憂するのだと思う。

 

常に「いつか」と思い、常に「かつては」と思う。

「今」が無い。どこにも無い。

常に他者、過去と比較している。そしてまだ見ぬ未来を案じ、その狭間で「今」が見えなくなってしまっている。

世間のものさし(価値観)で見出した善悪・正誤・優劣は比較から生まれたものである以上、比較の上でしか成り立たない。

いつ(時代を超えて)、どこの(地域も国も超えて)、誰もが(立場・性別を超えて)頷いてこられた事というのは、状況や立場に関わらず「今・ここ・私」を見る事が出来るはず。

 

しかし、比較する事はやめられないのでしょう。

ただ、変わらない、比較できない世界観によって、そのつど今現在の私の有様を知らされ、本当の意味で今を生きる事ができるのかもしれません。