2022年3月

3月 17th, 2022 Posted in コトバ, 徒爾綴 | no comment »

和とは不和のかなしみなり 曽我量深

 

先月末からのロシアとウクライナの戦争が激化し、世界全体にも影響を与えています。

 

『他者の現在を思いやること、それは分からないから思いやるんであって、理解できるから思いやるのではない。』とは鷲田清一氏の言葉ですが、ロシアにはロシアの、ウクライナにはウクライナの、自らの行動を正当化する理由があるようですね。
しかし意見の異なる相手は排除対象だと言わんばかりに、武力に訴える行為は全くもって愚行としか言いようがありません。早期終息を強く願います。

 

対話が成立しないと、意見の異なる人とも共に生きていると言う「事実」を見失いがちです。
「私」が私一人で存在しているわけではないように、あらゆる存在は、そのものだけで存在しているわけではないのです。しかし理屈ではそうではないとわかっていても、「私」の眼では世の中は「正しい(好き)」と「間違っている(嫌い)」の2種類にしか見えません。

 

「私」は厄介です。
「私」を中心に世界を見ると、共に生きるあらゆる存在、あらゆる事象を有害と無害とに分けてしまいます。
つまり争いの元は「私」です。

 

「私」を全く離れて生きることはできませんが、「私」を掴んで離さない私に「諸法無我」と世界の本当の姿を伝えてくださる仏様の教えをたよりに生きようとする「道」が、改めて大切だと感じています。

 

それは決して「私」の思いを肯定し、補強する耳障りのいい言葉をたよりとすることではないと思います。
「私」が納得できる「答え」を求めて教えを聞くのではなく、「それでいいのか?」と教えの方からの問いかけに「応え」ることが「教えをたよりに生きる」ということだと思います。

 

三重県の池田勇諦氏は『聞法とは私の「考え」の物差しが教えによって問い返されること』とおっしゃいます。

 

聞き続けることで確かな存在になったり、正しい判断ができるようになるわけではありませんが、「私」の思いよりも仏様の呼びかけ(お念仏の教え)に応えて生きようとした時、意見の異なる他者と互いに責め合う私たちが、共にその「道」に救われていくということがあるのではないでしょうか。

2022年2月

2月 4th, 2022 Posted in コトバ, 徒爾綴 | no comment »

八万の法蔵をしるというとも

後世をしらざる人を愚者とす  蓮如上人

 

「八万の法蔵」とは、沢山ある釈尊が説かれた教え(御経)の事で、「沢山の御経を学び知っていたとしても」という事になります。そしてその後続けて、後世を知らない人を愚者と言うのだと仰います。

「後世」とは、現世が今なら生まれる前が前世、死後を後世というのでしょう。

 

お葬儀など、ご自身が亡くなった後の「現世」を気にかける方はお見かけしますが、ご自身の後世を気にかけている方はあまり知りません。
また「前世占い」も人気みたいですが「前世」と言いつつ、現世を快適に生きようとする為のものでしょう。

 

親鸞聖人は人生を「難度海」と海に譬えられました。度は渡と同じ意味です。

人生は荒波のように困難が多いものです。前世や後世よりも、現世の色んな問題を乗り越えようと、命ともいうべき人生の時間をかけて、みんな幸せな明日を夢見て一生懸命に頑張っているのです。

そうやって「将来の幸せのために」「明日のために」と頑張り続けますが、もし「明日が来なくなった」ならば、今まで現世のために頑張ってきた意味は一体どうなるのでしょう。

 

実は親鸞聖人の仰る「難度海」とは、人生は困難が多いという事を表現しているのではなくて、人生自体の意味を見出す事ができなければ、どれほど頑張って有意義に生きても、結果的に人生は真っ暗な荒波に揉まれて最期は沈む迷いの海でしかなくなると表現されたのだそうです。

 

長浜に来たばかりの頃、あるご門徒さんに「仏事が多い地域ですね」と話しかけたら「ごえんさん。仏縁は多い方がええんやで」と言われました。

これは、現世の諸問題から一旦立ち止まって「人生そのものの問題」と向き合う時間を大切にしようとする方のお言葉であると感銘を受けました。

 

しかしコロナで混迷する今「仏事は不要不急」と言って現世の諸問題にこそ時間を費やそうとする風潮はないでしょうか。
慌ただしい日々の出来事の中で一旦立ち止まる機会が無いと、問題に振り回されて「早いなぁ」と時の流れに驚いている内に、人生を「振り回され続けた時間」として消費してしまわないかと不安になります。

 

仏教とは、釈尊が覚られた真理を言葉にしてくださったのが始まりです。
釈尊入滅後も、多くの方々が「人生そのものの意味」を御経に問い続けて生き抜かれ、その身を通した言葉を紡いでくださった人生を貫く教えです。
その「人類の歴史」ともいうべき教えの中で、いのち全体の問題に向き合うために伝わったのが「後世」という世界観です。

 

その教えに耳を傾けて考える機会を失えば、自分が生きてきた程度の答えしか出ないのです。
母の胎内の記憶もなく、気がつけばいつの間にか現世を生きていた私たちは、どれほど頑張って我が「知恵」を絞り続けても、気がつけばいつの間にか終わりを迎えるのです。

今年も多くの法要・法座を予定しています。
仏縁を大切にお念仏申し、仏様の「智慧」に耳を傾け、どちらを向いて生きるのか共に考えましょう。

2022年 同朋学習会のご案内

1月 7th, 2022 Posted in 聞法会 | no comment »

今年も同朋学習会を開催いたします。

「仏説無量寿経」について、瓜生崇師(東近江市玄照寺住職)のお話を聞かせていただきます。お住まい、所属寺院や宗派も関係なく、どなたでもご参加いただけます。1回限りでも、連続して聞いていただいても大丈夫な内容です。ぜひご参加ください。

※参加ご希望の方は体調には充分ご注意いただき、マスク着用の上、本堂縁にて手指の消毒をお願いいたします。
※すぐ西隣が「本願寺派」の長源寺さんです。間違えないようにご注意ください。

 

3月17日(木)

4月28日(木)

5月19日(木)

6月16日(木)

7月7日(木)

8月4日(木)

9月15日(木)

10月13日(木)

11月17日(木)

12月8日(木)

*参加費 年会費6,000円(6月まで受付) / 1回ずつの方は当会へ1,000円程度のご協力をよろしくお願い致します。

「浄土真宗の法話案内」http://shinshuhouwa.infoからもご確認いただけます。

お問い合わせは長源寺0749(62)4790までどうぞ。